随心院
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京都 随心院
季節の花々が美しい
小野小町ゆかりの寺院

京都山科にある随心院 (ずいしんいん)は、真言宗善通寺派の大本山です。元々は牛皮山曼荼羅寺(ぎゅうひざんまんだらじ)の塔頭寺院でしたが、応仁の乱で曼陀羅寺共々伽藍がことごとく焼けてしまい、江戸時代になって随心院だけが再建されました。小野小町が晩年を過ごした寺院と伝わっており、境内には小野小町ゆかりの史跡が現存しています。

この記事では、随心院の歴史や魅力・見どころ・アクセス情報などをご紹介しましょう。

01. 門跡寺院だった
随心院の歴史

本堂から庭園を望む(随心院)

本堂から庭園を望む

随心院は、平安時代末期、牛皮山曼荼羅寺(ぎゅうひざんまんだらじ)の塔頭寺院として建立されました。牛皮山曼荼羅寺は991年に仁海(にんがい)という僧侶が建立した寺院です。

仁海は、亡くなった母親が牛に生まれ変わるという夢を見て、夢とよく似た牛を探し出して飼い始めます。しかし、ほどなくして、その牛は死んでしまいました。悲しんだ仁海は、その牛の皮をはいで曼陀羅を描き、建立した寺院の本尊にしたといいます。この本尊にちなんで寺院の名が牛皮山曼荼羅寺となりました。

随心院が建立されたのは、仁海から数えて5代目の住職である増俊(ぞうしゅん)の時です。その後、随心院は天皇の祈願所となり、後堀河天皇の命令で皇族や公卿が住職を務める門跡寺院となりました。

随心院は牛皮山曼荼羅寺と共に大いに栄えますが、応仁の乱の戦火によって伽藍のほとんどが燃えてしまいます。1599年、牛皮山曼荼羅寺の跡地に随心院の本堂が再建されました。

1941年、随心院は真言宗善通寺派となり、総本山に昇格します。現在では、境内のライトアップを行ったりミス小町コンテストを企画したりと新しい仏閣のあり方を追求している寺院です。

02. 参拝者が絶えない
寺院の魅力

随心院は山科に点在する寺社仏閣の中でも参拝客の多い寺院です。寺院では、1年を通して色々なイベントが行われています。この項では、そんな寺院の魅力をご紹介しましょう。

境内の自然

境内の自然(随心院)

境内の自然

随心院の境内には樹木が豊富で、四季折々に異なる花が楽しめます。中でも梅の花は美しく、敷地内にある小野梅園は梅の名所として有名です。

庭園には苔が見事で、夏になると緑が一層鮮やかになり、生命の息吹が感じられます。その他、春のシャクヤクやサツキ、秋の紅葉も見事です。毎年紅葉の時期は夜間拝観が実施され、多くの参拝客が訪れます。

様々な催し物

随心院は、伝統を大切にしつつ新しいことにも積極的に取り組んでいる寺院です。1973年(昭和48年)には、小野小町と深草少将の悲恋を題材にした「はねず踊り」を地域の人々と一緒になって復活させました。現在、毎年春と秋に境内ではねず踊りの奉納が行われています。

写経や写仏・ブレスレット感覚で身に付けられる腕輪念珠(うでわねんじゅ)作成教室など、一般の方が気軽に仏教に親しめる催しも定期的に開催されており、観光客や地元の方に好評です。

03. 歴史ある
随心院の見どころ

随心院の境内には、小野小町ゆかりの史跡をはじめとして見どころが豊富です。この項では、その中でも特に必見の場所をご紹介しましょう。

江戸時代に造られた総門

総門(随心院)

総門

随心院の総門は、1753年に公卿である二条家から移築されたものです。瓦葺の重厚な造りで、2つの脇門を持ちます。

小野小町ゆかりの化粧井戸

化粧井戸(随心院)

化粧井戸

化粧井戸(けわいいど)は、晩年にこの地で過ごした小野小町が朝夕に顔を洗い化粧をしたと伝わる井戸です。現在、井戸に水はなく石組みだけが残っています。

薬医門

薬師門(随心院)

薬師門

薬医門は化粧井戸のすぐ近くに位置する門で、江戸時代初期の寛永年間に造られたと建物です。天真院尼(てんしんいんに)という尼僧の寄贈によって造られました。天真院尼がどのような人だったのかはいまだに詳しく分かっていません。

庫裏

庫裏(随心院)

庫裏

随心院の庫裏は、総門と同じく二条家から移築されました。元は政所(正室)の御所だった建物です。鈍色(にびいろ)の瓦と白い壁のコントラストが遠くからでもよく目立ちます。

表玄関

表玄関(随心院)

表玄関

薬医門をくぐったところにあるのが表玄関です。この表玄関は、身分の高い方が寺院を訪れた時だけ使用されました。現在も、通常は使用されていません。玄関を入ったすぐの場所に、小町榧(こまちかや)と呼ばれるカヤノキの切株が展示されています。杉戸に描かれているのは、狩野派の筆による花鳥図です。

表書院

表書院は表門の奥に位置する建物で、狩野派の筆による襖絵、四季花鳥図などが見事です。門跡寺院にふさわしい華やかな襖絵で、寺院の繁栄ぶりが偲ばれます。

能の間

能の間は表書院の奥に位置する部屋です。この部屋は九条家の寄進によって1700年代に建立されました。1991年(平成3年)に改修工事が行われています。その際、現代アート作家の「だるま商店」によって、極彩色梅匂小町絵図という襖絵が描かれて話題となりました。原色を多用した色使いの絵は、一見の価値ありです。

奥書院

奥書院は、江戸時代初期に造られ、表書院と同じように狩野派の筆による襖絵で飾られています。金箔を多用した襖絵は華やかで見事です。

安土桃山時代再建の本堂

随心院の本堂は、1599年に再建されたものです。寝殿造りで、内部には本尊の如意輪観音(にょいりんかんのん)が安置されています。本堂から臨める庭園は一面が見事な苔に覆われており、このことから随心院は洛巽(らくそん)の苔寺とも呼ばれていました。参拝客が少なければ、本堂に座ってゆっくりと苔の庭を眺めるのもおすすめです。

小町庭苑

小町庭苑は、小野小町が晩年を過ごした屋敷跡地といわれています。庭園の中には小野小町ゆかりの史跡などが点在しているので、時間をかけて見学するのがおすすめです。

小町文塚

小町文塚は、小野小町が男性からもらった恋文を塚と伝わっています。竹林の中にひっそりと鎮座しており、詣でると恋愛成就や文章上達などのご利益があるといわれている塚です。

小町榧

小町榧(こまちかや)は、随心院の親寺であった牛皮山曼荼羅寺(ぎゅうひざんまんだらじ)を建立した仁海の供養塔後ろに立っています。このカヤは、小町の悲恋伝説にゆかりがあるものです。小野小町の元に百夜通い続けた深草の少将は、通った証拠としてカヤの種を置いていったと伝わっています。小町榧はその種が発芽して成長した姿と言われており、現在の木で三代目です。

清瀧権現

清瀧権現(きよたきごんげん)は随心院の鎮守社で、龍の女神を祀っています。丹塗りのこぢんまりとした社です。

小野梅園

小野梅園(随心院)

小野梅園

小野梅園は随心院境内にある梅園で、約230本の梅が植えられています。随心院の梅園では薄紅色の花を咲かせる薄紅梅が最も豊富に植えられており、はねずの梅と呼ばれて有名です。はねずとは薄紅色を指す言葉で、はねず踊りの「はねず」もこの色を指します。毎年3月中旬に見ごろを迎え、はねず踊りの奉納が行われるので、その頃に合わせて寺院を訪れるのもおすすめです。

04. 随心院
アクセス情報

住所:京都府京都市山科区小野御霊町35
電話番号:075-571-0025 
拝観時間:9~16時30分
拝観料:400円
駐車場:あり
交通案内:地下鉄東西線小野駅より徒歩5分
公式サイトhttp://www.zuishinin.or.jp

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