常寂光寺
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京都 常寂光寺
小倉山の中腹に建つ
塀のない寺院

常寂光寺は嵯峨野、小倉山の中腹に建つ日蓮宗の寺院です。小倉山自体が紅葉の名所のため、秋になると境内全体が見事な紅葉に包まれたようになります。常寂光寺には通常の寺院にあるような塀がありません。そのため境内と山との境があいまいで、自然に溶け込んでいるような風情がある寺院です。

この記事では、常寂光寺の見どころや魅力をご紹介します。

01. 隠遁所であった
寺院の歴史

石段と末吉坂(常寂光寺)

石段と末吉坂

常寂光寺は日禎(にっしん)上人の隠遁所として建立され、後に寺院となりました。ここでは、寺院の歴史をご紹介します。

隠遁所として開山された寺院

常寂光寺は、1596年に日禎上人によって開山されました。日禎は、わずか18歳で日蓮宗の大本山である本圀寺の16世住持(住職のこと)となったと伝えられています。

1595年、豊臣秀吉が建立した東山方広寺大仏殿で千僧供養(千人の僧を招いて法要を営むこと)が開催され、本圀寺にも僧の出仕要請がきました。しかし日禎は日蓮上人の教えを守って不授不施を貫き、寺院内はその判断の是非を巡り、真っ二つに割れたと伝えられています。

これが原因となり、日禎上人は1596年に本国寺を出て小倉山の中腹に隠遁所を作りました。これが常寂光寺の始まりです。

大名たちの寄進を受けて発展する

本堂(常寂光寺)

本堂と朱色に染まる庭園

日禎には、加藤清正や小早川秀秋などの大名の帰依者がいました。彼らの寄進もあって、常寂光寺は隠遁所から寺院へと発展していきます。本堂は、小早川秀明の助力を受けて桃山城客殿を移築した物です。1620年には、寺院の象徴でもある多宝塔が建立されました。

隠遁所から寺院へと発展をとげた常寂光寺は、その後も代々の住職によって守られて現在まで続いています。

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