青蓮院門跡
?評価について

京都 青蓮院門跡
皇室との結びつきが強い
格式の高い寺院

京都東山区にある青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)は、天台宗の寺院です。1万坪の敷地を持つ大変格式が高い寺院で、京都三門跡・京都五箇室門跡の両方に数えられています。代々皇室や摂関家出身の僧侶が住職を務めており、現在の住職も旧皇族の家柄です。江戸時代には後桜町上皇の仮御所が置かれたため、粟田御所という別名もあります。

この記事では、青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)の魅力や見どころをご紹介しましょう。

比叡山が発祥の
青蓮院門跡の歴史

境内(青蓮院門跡)

境内

青蓮院門跡は、比叡山延暦寺の境内にあった房と呼ばれる小寺院が起源といわれています。最澄をはじめとして慈覚大師など高名な僧侶の住居であったため、房の代表格でした。

平安時代末期、鳥羽上皇の皇后が青蓮院を祈願所としたことで寺格が上がり始めます。鳥羽上皇の第七皇子が寺院の第十二代住職である行玄大僧正に弟子入りしたことにより、門跡寺院となりました。門跡とは、皇族や公家が住職を務める寺院の総称です。鳥羽上皇は院の御所に準じて京都に建物を建立させ、青蓮院と称します。

平安末期から鎌倉時代にかけて青蓮院は隆盛を極め、愚管抄(ぐかんしょう)を著した慈円(じえん)など高僧を輩出しました。慈円は浄土宗の開祖法然上人や浄土真宗の開祖である親鸞(しんらん)上人を比叡山の弾圧からかくまったため、現在でも寺院は浄土宗・浄土真宗の聖地とされています。そのため、室町時代に浄土真宗、中興の祖である蓮如(れんにょ)上人は青蓮院で得度して出家しました。

1788年、京都御所が火災によって焼失してしまったため、後桜町法王はここを仮御所とします。これにより、寺院には粟田御所という別名が付けられました。

現在も青蓮院は広大な敷地を有し、国宝の青不動明王をはじめとする多くの寺宝を所蔵しています。

格式高い
寺院の魅力

青蓮院は平安時代から今日まで続く、格式高い寺院です。ここでは、そんな寺院の見どころをご紹介しましょう。

広い敷地と豊かな自然

青蓮院門跡の敷地は約1万坪あり、その全体が国の史跡に指定されています。境内には京都市の天然記念物に指定されているクスノキの巨木が5本もある他、紅葉と桜の名所としても有名です。

春と秋には期間を区切って庭のライトアップと夜間拝観が行われ、昼間とはまた違った幻想的な雰囲気を楽しめます。

壮麗な伽藍群

青蓮院門跡の伽藍は、寺格にふさわしく壮麗な造りです。現在の伽藍群は最も古い建物でも江戸時代初期に建立されたもので、それ以前のものは残っていません。それでも、境内を見て回れば寺格の高さと歴史の風格は十分に感じられます。境内は広いので、十分に時間を取って見学するのがおすすめです。

境内の
見どころ

青蓮院門跡は、広い境内にたくさんの建物が点在しています。ここでは、その中でも特に観光客に人気の場所をご紹介しましょう。

門前のクスも見事 長屋門

長屋門(青蓮院門跡)

長屋門

青蓮院門跡の長屋門は、明正天皇がお住まいになっていた旧殿の門を移築したものです。拝観入り口の右手手前に建っており、周りをクスの大木に囲まれています。このクスは京都市の天然記念物に指定されているもので、親鸞聖人お手植えという伝説が残る名木です。

火災を免れた四脚門

四脚門(青蓮院門跡)

四脚門

四脚門も、長屋門と同じく明正天皇の旧殿にあった門を移築したものです。現在はくぐることができません。1893年(明治26年)の火災を免れた数少ない建物の一つです。

お抹茶がいただける華頂殿

華頂殿(青蓮院門跡)

華頂殿

華頂殿は一般的な寺院でいう客殿にあたる建物です。木村英輝氏奉納による60枚の襖絵があでやかで、三十六歌仙の額絵が飾られています。この建物から眺める相阿弥作の庭は、特に美しいと評判です。

華頂殿には有料で抹茶がいただけるサービスがあります。お抹茶をいただきながらゆっくりと庭を観賞するのもおすすめです。

上皇も使用した小御所

小御所(青蓮院門跡)

小御所から相阿弥の庭を臨む

御所とは、天皇がお住まいになる建物のことです。青蓮院の小御所は、平安時代末期まで住職の住居として使われていました。江戸時代に京都御所が火事で焼失してしまった際、後桜町上皇が御所として利用しています。

現在の建物は江戸時代中期に建てられたもので、1893年(明治26年)の火災で焼失してしまった建物の代わりに移築されてきたものです。

小御所の前にある大きな手水鉢は一文字手水鉢と呼ばれ、豊臣秀吉の寄進と伝えられています。この手水鉢は一個の自然石をくり抜いた見事なものです。

3月から4月にかけて、手水鉢の側では紅梅が見事に咲き誇ります。

国宝が安置されている本堂(熾盛光堂)

本堂(青蓮院門跡)

宸殿から本堂を望む

青蓮院の本堂は境内の規模に比べると小さく、こぢんまりとしています。方形造の建物で、内部には本尊である熾盛光如来(しじょうこうにょらい)の曼陀羅(まんだら)が安置されていますが、通常は非公開です。

境内で一番大きな建物 宸殿

宸殿(青蓮院門跡)

宸殿

宸殿は境内で一番大きな建物です。一見すると本堂のように見えますが、門跡寺院独特の建物で法要などを執り行うために建てられています。

青蓮院の宸殿は、後水野尾天皇の女御である東福門院の御所を移転したものです。1893年(明治26年)の火災で焼失してしまいましたが、後年に再興されました。御所と同じように建物の前には右近の橘と左近の桜が植えられています。

国の重要文化財に指定されている障壁画の濱松図(はままつず)は、この建物が御所だった時代に描かれたものです。この他、親鸞聖人が得度した場所と伝わる得度の間が残されています。

唐破風が立派な大玄関

宸殿と続きになっている大玄関は、青蓮院の正式な玄関です。天皇やそれに準じる高貴な人が寺院に来られるときだけ使われました。現在も一般の方は入ることができません。

大玄関のは孝明天皇ご使用の輿が展示されています。日本画家の黒田正夕が奉納した襖絵、日月松桜百鶴図も見事です。

庭園・茶室の
見どころ

青蓮院には仏事を行う建物の他、見事なお茶室と庭園があります。ここでは、それらの見どころをご紹介しましょう。

室町時代に造られた相阿弥の庭

相阿弥の庭(青蓮院門跡)

相阿弥の庭

相阿弥の庭は、青蓮院の主庭で最も観光客に人気がある場所です。室町時代に造られたもので、龍心池(りゅうしんち)と呼ばれる池を中心とした池泉回遊式庭園になっています。龍心池の美しさが有名ですが、対岸南にある高く石積みした滝口を中心とした築山も見事です。草花だけでなく樹木もたくさん植えられており、春は桜、秋は紅葉が楽しめます。

江戸時代に造られた大森有斐の庭

大森有斐の庭(青蓮院門跡)

大森有斐の庭と好文亭(奥)

大森有斐(おおもりゆうひ)の庭は、江戸時代の茶人である大森有斐によって茶室、好文亭の前に造られた庭です。相阿弥の庭のダイナミックさに比べると優雅な造りになっています。

上皇の御学問所だった好文亭

好文亭は、元々後桜町上皇が青蓮院を仮御所として使われていた際、御学問所だった建物です。明治以降に茶室として利用されるようになりました。ここから眺める大森有斐(おおもりゆうひ)の庭は風情があります。

1993年(平成5年)に放火によって焼失してしまいましたが、1995年(平成7年)に木材等の材質もすべて以前の建物と同じもので再建されました。上村淳之画伯が奉納した障壁画の花鳥図も見事です。

苔庭 霧島の庭

霧島の庭(青蓮院門跡)

ツツジの花が見事に咲く霧島の庭

霧島の庭は、名作庭師である小堀遠州作と伝えられています。好文亭裏側山裾斜面から霧島ツツジが一面に植えられており、これが名前の由来になりました。毎年5月には山肌が赤く染まって見えるほど見事な花が楽しめます。地面の苔も見事で、ツツジの花が見頃を迎えると赤と緑のコントラストが美しいですよ。

青蓮院門跡
アクセス情報

住所:京都府京都市東山区粟田口三条坊町69-1
電話番号:075-561-2345
拝観時間:9~17時(春・秋に夜間ライトアップあり)
拝観料:大人500円・中高生400円・小学生100円
駐車場:あり
交通案内:地下鉄東西線東山駅より徒歩5分
公式サイトhttp://www.shorenin.com/

青蓮院門跡

ページへ

そのカテゴリーで訪れる価値のある場所
遠回りしてでも訪れる価値のある場所
そのために旅行する価値のある場所