阿弥陀寺

京都 阿弥陀寺
年に一度だけ公開される
織田信長の本廟がある寺院

京都市上京区にある阿弥陀寺は、織田信長を輩出した織田家の菩提寺で、織田信長の本廟がある寺院です。本能寺の変で織田信長が打たれた後、当時の住職であった清玉上人(せいぎょくしょうにん)が織田家家臣の遺骸を引き取り供養したと伝えられています。普段は非公開で、本堂と寺宝が公開されるのは毎年6月2日に行われる信長忌の時だけです。

この記事では、阿弥陀寺の歴史や見どころ・アクセス方法などをご紹介しましょう。

01. 苦難を乗り越えた
阿弥陀寺の歴史

石碑(阿弥陀寺)

信長の本廟であることを示す石碑

阿弥陀寺は、1555年、織田信長の命により清玉上人が開いた寺院です。清玉上人は織田家ゆかりの人物で、寺院は創建した当初から織田家の保護を受けていました。

創建当初、寺院は近江坂本(滋賀県大津市)にありましたが、織田信長の上洛と共に京都市の今出川大宮(いまでがわおおみや)に移ります。やがて、13の塔頭寺院(子院)をもつ大寺院となりました。

1582年、本能寺の変が起こります。清玉上人はいち早く本能寺へ駆けつけ、織田信長や織田家家臣の遺骸を寺院へ持ち帰って供養しました。織田信長の一周忌に、豊臣秀吉は信長の遺骨を引き渡すように要求しましたが、清玉上人はこれを断ります。秀吉は一旦は引き下がりますが、天下人になった後で阿弥陀寺の寺領をほとんど没収し、当時は京都のはずれだった現在地へ移転を命じました。

このような仕打ちを受けながらも、阿弥陀寺は織田信長と織田家ゆかりの品々を守り続け、現在まで続いています。現在は6月2日の信長忌の時だけ本堂と寺宝が公開され、信長ゆかりの寺院として人気です。

02. 織田家の菩提寺、
阿弥陀寺の魅力

阿弥陀寺は織田家の菩提寺であり織田家にとてもゆかりの深い寺院です。この項では、そんな寺院の魅力をご紹介しましょう。

織田家ゆかりの品々

阿弥陀寺には、織田信長と長男信忠の木像をはじめ、織田家の紋である織田木瓜(おだもっこう)が描かれた旗など、織田家ゆかりの品が複数所蔵されています。これらは6月2日にだけ一般公開されますので、見学したい方はこの日に合わせて訪れましょう。

中でも織田信長と信忠の木像は没後1年後に作られたと伝わるもので、信長の像や肖像画の中では一番本人に似ているといわれています。

織田家家臣の墓所

織田家家臣の墓所(阿弥陀寺)

織田家家臣の墓所

阿弥陀寺の境内にある墓所は、森蘭丸をはじめとする織田家家臣のものです。清玉上人は、織田信長だけでなく家臣たちの遺骸も引き取って供養しました。この他、織田家家臣の合祀墓もあり、戦国史ファンなら一度は見ておきたいスポットです。

03. 見逃せない
阿弥陀寺の見どころ

阿弥陀寺は年に一度しか公開されないので、行く前にしっかりと見どころを押さえておきたいところです。この項では、境内の見どころをご紹介しましょう。

山門

山門(阿弥陀寺)

山門

阿弥陀寺の山門は、四脚門で歴史の風格を感じさせます。山門前に建っているのは、織田信長公本廟と刻まれた石柱です。6月2日の信長忌では、ここに織田木瓜(おだもっこう)の家紋が染め抜かれた垂れ幕が下がります。

本堂

本堂(阿弥陀寺)

本堂

阿弥陀寺の本堂は入母屋造りで本瓦葺の屋根を持ちます。大寺院だったころの面影はなく、落ち着いた佇まいです。信長忌当日には、ここで住職によって寺院の歴史や織田家との関わりが説明されます。本尊は阿弥陀如来坐像で、この他に祀られているのが信長公と長男信忠の木像・織田信長と織田家家臣の位牌です。

信長公本廟

信長公本廟(阿弥陀寺)

信長公本廟

信長公本廟は、長男信忠の墓所と森蘭丸・坊丸・力丸兄弟の墓所に挟まれるようにして建っています。信長公の墓所と称する場所は全国にたくさんありますが、清玉上人が織田家ゆかりの人物だったこと、そして、信長や家臣たちの遺骸を引き取って供養したという資料が残っていることから、この地に遺骸が埋葬されているという説が有力です。ちなみに本廟と称しているのはここだけで、その他の墓所は供養塔という名称になっています。

04. 阿弥陀寺
アクセス情報

住所:京都府京都市上京区寺町今出川上ル鶴山町14
電話番号:075-231-3538
拝観日:6月2日
拝観料:1,000円
拝観時間:9時30分~15時(14時30分受け付け終了)
駐車場:なし
交通案内:地下鉄烏丸線今出川駅より徒歩10分

阿弥陀寺

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