走水神社
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横須賀 走水神社
湧き水と砂をいただける
パワースポット

走水神社は横須賀市内、三浦半島の東端の東京湾にほど近い場所にある神社です。歴史は古いものの、近年まで地元の方が参拝する以外はひっそりとした場所でした。しかし、テレビや雑誌でパワースポットとして紹介されると参拝客が増え、今では縁結びや女性らしさを高められる神社として有名な神社となっています。

この記事では、走水神社の由緒や見どころを紹介しましょう。三浦半島を観光される際は、ぜひ立ち寄ってみてください。

この記事を読めば、走水神社の境内にどのような建物があるのかがわかり、スムーズに観光計画を立てられるようになります。

01. 古事記にも記載あり
走水神社の由緒

走水神社

走水神社

走水神社の正式な縁起は、享保年間(江戸時代中頃)に発生した火災で記録や社宝が消失してしまったので不明です。しかし、日本最古の書物である古事記やその後に編集された日本書紀にすでに走水の地名があることから、神社としての歴史はかなり古いのではないかと推察されています。

一説によると、1世紀頃、この地に日本武尊が訪れて冠を下賜し、これを地元民が岩櫃(いわびつ)に収め、その上に社殿を建てて日本武尊を祀ったそうです。これが、神社の始まりだと言われています。

現在、神社に祀られているのは、日本武尊とその后(きさき)である弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)です。弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)は、もともと旗山崎にある橘神社に単独で祀られていましたが、明治になってその土地が軍用地になったため、走水神社に合祀されました。

02. 走水神社
境内の案内

ここでは、走水神社の境内にある建物について詳しくご紹介していきます。どんないわれがあるのでしょうか?

本殿

本殿(走水神社)

日本武尊と弟橘媛命が祀られている本殿

日本武尊とその后(きさき)である弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)が祀られています。夫婦神が祀られている神社は少なくありませんが、恋愛成就・夫婦和合を願う方の参拝が絶えません。また、本殿の近くでは「お砂とり」といってご利益のある砂の採取ができます。ビニール袋を持参してスプーンに1〜2杯の砂をいただいて帰りましょう。

別宮

弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)は、夫の日本武尊と共に船に乗っていて大嵐に襲われました。彼女はそのときに「女が船に乗っているのが悪い」と船上から海へと身を投げたそうです。これに付き従い、媛とともに命を落とした侍女を祀っているのがこの別宮になります。

稲荷神社

稲荷神社(走水神社)

稲荷神社

稲荷神社は日本で一番お社の数が多く、私たちにとっても身近な神様です。祀られている神は豊受姫命(とようけひめのかみ)と宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)という農業をつかさどる神様。商売繁盛のご利益もあると言われています。

三社

三社(走水神社)

三社

三社はそれぞれ、神明社・須賀神社・神明社と呼ばれています。横須賀市内の別の場所に祀られていたものですが、明治時代に走水神社に合祀されました。このように、祀る場所がなくなった神社が合祀される例は決して珍しくありません。

03. 走水神社の
記念碑・顕彰碑

走水神社には、社のほかにたくさんの記念碑や顕彰碑があります。ここでは、その由来や意味をご紹介していきましょう。

弟橘媛命の記念碑

弟橘媛命の記念碑(走水神社)

弟橘媛命の記念碑

弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)は、船から身を投げる時に「さねさし 相模(さがむ)の小野に 燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも」。という辞世の句を読みました。明治43年に、東郷平八郎・伊東祐亨・井上良馨・乃木希典・高崎正風・上村彦之丞・藤井茂太の7名が発起人となり、この句を刻んだ記念碑を建立。除幕式には、東郷平八郎も出席しました。

庖丁塚

庖丁塚(走水神社)

庖丁塚

神奈川県調理士協会が昭和47年に建立した塚です。調理人の大事な仕事道具である包丁や、日々料理される野菜・肉・魚に感謝することを目的として建立されました。

弟橘媛命「舵の碑」

弟橘媛命「舵の碑」(走水神社)

弟橘媛命「舵の碑」

弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)の自己犠牲精神を尊び、航海の安全を願って昭和50年に建立された碑です。海軍の都市である横須賀は、船の事故も少なくなかったのでしょう。人々の願いがこもっています。

針の碑

針の碑(走水神社)

針の碑

着物をしたてる針と衣類に感謝するために建立された碑です。毎年針供養が行われ、和裁や洋裁に関わる人、さらにアパレルメーカーの社員なども参加します。

顕彰の碑

顕彰の碑(走水神社)

顕彰の碑

こちらは平成3年に建立された、日本武尊と弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)の愛の貴さをたたえる碑です。現在は女性らしい力を高めたい方が碑を拝んでいくことも珍しくありません。

古代稲荷社跡

社殿から奥宮へと向かう途中にある古びた3つの石柱です。近くに製鉄所の跡もありますので、そこで働いていた方の信仰を集めていたのではないか、とも言われています。

日露戦争の時の露國機械水雷

日露戦争の時の露國機械水雷(走水神社)

日露戦争の時の露國機械水雷

軍都横須賀らしく、境内には戦争にまつわる遺物も置かれています。日露戦争の「露」とはロシアのこと。つまり、ロシア軍が使っていた機械水雷が置かれています。ボーリングの球を数倍大きくしたような丸い鉄で、その威力が十分に想像できるでしょう。

橘の木

走水神社の紋は、橘だそうです。また、弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)の名前の中にも「橘」があります。この2つにちなんで、境内にも橘の木が植えらており、ご神木として信仰を集めているのです。

手水舎

富士山の地下水が、長い時間をかけて湧き水として現れてものを手水として使用しています。その昔は船に積み込む飲料水として重宝されていたそうです。御神水のお水取りができるスポットとして有名で、持ち帰る人も少なくありません。

水神社

水そのものがご神体の神社です。また、水に縁が深いとして河童も祀られています。河童は川に住むイメージがありますが、祀られている河童は海に住み、漁の手助けをしてくれるとか。ここに詣でてからご神水をいただきましょう。

04. 走水神社
まとめ

いかがでしたか? 今回は走水神社の由来や境内の設備などについて詳しくご紹介しました。パワースポットとして名高い神社ですが、ぜひ神社の由来や人々の信仰の歴史にも思いをはせてみてください。

05. 走水神社
アクセス情報

住所:神奈川県横須賀市走水2ー12ー5
電話番号:046-841-0179(西叶神社が管理)
アクセス:京急馬堀海岸駅から「観音崎行」バスで約8分、「走水神社」バス停下車すぐ。/
JR横須賀駅から「観音崎行」バスで約20分、「走水神社」バス停下車すぐ。
公式ホームページhttp://www12.plala.or.jp/hasirimizujinjya/

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