興聖寺
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京都 興聖寺
参道が宇治十二景に選ばれた
見どころ豊富な寺

京都府宇治市にある興聖寺(こうしょうじ)は、伏見城の遺構を利用して建立された曹洞宗の寺院です。元々は深草にあった寺院ですが、江戸時代初期に現在の場所で再興されました。境内だけでなく、琴坂と呼ばれる参道も見どころの一つです。

この記事では、興聖寺の見どころや魅力をご紹介します。

01. 日本初の禅道場、
興聖寺の歴史

境内(興聖寺)

境内

興聖寺は、宋(中国)から帰国した曹洞宗の開祖、道元が1233年に京都の深草で開創した同名の寺院が始まりと伝えられています。深草に建立された興聖寺は日本初の純粋な禅道場であり、七大伽藍を持つ壮麗な寺院でした。

興聖寺は、1243年に比叡山延暦寺からの弾圧に遭います。これをきっかけに、開創者の道元禅師は越前領主である波多野義重(はたのよししげ)の勧めで越前に移り住みました。道元禅師が去った興聖寺は衰退し、やがて応仁の乱などの戦火によって荒廃します。

1633年に淀城主となった永井信濃守尚政(ながいなおまさ)は、興聖寺がこのまま廃絶してしまうのを惜しみ、伏見の遺構を用いて現在の地に本堂・開山堂・僧堂・庫院・鐘楼・山門などを建立しました。寺院を建立後、尚政は道元禅師に深く帰依していた高僧の万安英種(ばんなんえいじゅ)を中興開山者に迎え、興聖寺を再興します。

興聖寺を再興した後も、尚政は寺院を庇護し続けました。やがて興聖寺の再興は朝廷の知るところとなり、朝廷からも庇護を受けるようになります。権力者の後ろ盾を得た興聖寺は大いに栄え、越前永平寺・能登總持寺・加賀大乗寺・肥後大慈寺と共に、日本曹洞五箇禅林(にほんそうとうごかぜんりん)と称せられるようになりました。

興聖寺は現在まで、曹洞宗の専門道場として大勢の僧侶を輩出し続けています。

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