東大寺
?評価について

奈良 東大寺
奈良の大仏を本尊とする
世界遺産登録の寺院

国威で建立された
東大寺の歴史

境内(東大寺)

境内の石畳

東大寺は、奈良時代に国の威信をかけて建立され、仏教の発展に貢献し続けた寺院です。この項では、そんな東大寺の歴史をかいつまんでご紹介しましょう。

建立から奈良時代末期まで

東大寺は、奈良時代、聖武天皇と光明皇后の子どもである基親王(もといしんのう)の菩提を弔うために建立された金鍾山寺(きんしょうさんじ)が起源といわれています。聖武天皇は741年、全国に仏教を広めるために国ごとに官製の寺院を建てるように命令をしました。これを、国分寺といいます。この時、金鍾山寺は国分寺に定められ、名も金光明寺(こんこうみょうじ)に改められました。東大寺という名前になったのは、大仏建立が始まった747年のことです。大仏造営の指揮は、日本で初めて民衆に仏教を布教した行基が取りました。

747年に建立が始まった大仏は、750年に完成し、盛大な開眼会(かいげんえ)が行われます。その後も東大寺は堂宇が立てられ続け、伽藍がすべて完成したのは、大仏完成から約30年後のことでした。奈良時代の東大寺は大門・中門・金堂(大仏殿)・講堂などの他、高さ70mもの七重塔が建っていたと伝わっています。

奈良時代の東大寺は南都六宗がすべて学べる六宗兼学の寺であり、その後空海が開いた真言宗と最澄が開いた天台宗が加えられ、八宗兼学の寺と呼ばれるようになりました。

平安時代~鎌倉時代まで

平安時代になると、桓武天皇が南都仏教を抑圧する政策を打ち出し、東大寺は国の保護を受けられなくなります。その後、天災で七重塔が焼失するなどの被害を受けますが、貴族や皇族からの荘園の寄付や寺院自身による荘園の開発などによって、東大寺は興福寺と並ぶほどの力をつけました。

平安時代末期、平重衝(たいらのしげひら)による南都焼討によって東大寺の主要伽藍はすべて焼失してしまいます。鎌倉時代に入ると僧、重源(ちょうげん)を中心に東大寺復興が始まり、鎌倉幕府や朝廷の協力を得て伽藍や大仏が再興されて改めて大仏開眼会が行われました。

室町時代から現代まで

戦国時代になると、東大寺は松永秀久と三好義継の連合軍と三好三人衆との戦いに巻き込まれます。東大寺大仏殿の戦いと呼ばれる戦によって、東大寺の主要伽藍は再び焼失してしまいました。

江戸時代に入ると、五代将軍徳川綱吉とその母、桂昌院(けいしょういん)の手によって、東大寺は3回目の復興をとげます。現在の大仏殿や伽藍の多くはこの時に造られたものです。しかし、講堂・食堂・東西の七重塔などはついに再建が叶いませんでした。現在、これらの建物は礎石や土塁だけが残っています。

明治時代に入ると、東大寺と同じように権勢を誇っていた興福寺が廃仏毀釈の影響を受けて荒廃してしまいました。しかし、東大寺は人々の信仰を集め続け、荒廃することも堂宇が失われることもなく現在に至っています。1998年にユネスコの世界遺産に登録されてからは、日本だけでなく海外からの参拝客も増え、奈良を代表する寺院として参拝者が絶えることはありません。

奈良を代表する
東大寺の魅力

東大寺は建立当初から現在まで、奈良を代表する寺院であり続けています。この項では、そんな東大寺の魅力をご紹介しましょう。

日本最大級の廬舎那仏

大仏(東大寺)

廬舎那仏坐像(大仏)

東大寺といえば、誰もが知っている奈良の大仏です。正式名称を廬舎那仏坐像(るしゃなぶつざぞう)といい、日本だけでなく世界中に知られています。752年に大仏の開眼会(かいげんえ)が行われ、その後1180年と1567年に2度焼失しました。

現在の大仏は、頭部が江戸時代・胴体部分が鎌倉時代に補修されたものです。その中でも、右の脇腹・台座・両腕から垂れ下がる袖・大腿部は建立当初のもので、天平文化を今に伝えています。1958年(昭和33年)に国宝に指定されました。

現在の大仏は高さが14.7m・基壇の周囲は70mあります。それを納める大仏殿も棟までの高さと奥行きが約50m・左右の幅が約60mの巨大な木造建築物です。これでも左右の幅が創建当初の三分の二に縮小されています。大仏殿を間近で見学すれば、奈良時代の東大寺がいかに大規模な寺院であったか容易に想像ができるでしょう。

人々の幸せを願う行事

お水取り(東大寺)

二月堂で行われるお水取り

東大寺では、1年を通して様々な行事が行われています。その中で最も有名なのが、お水取りの通称で知られている修二会(しゅうにえ)です。東大寺の初代住職である良弁僧正(ろうべんそうじょう)の高弟にあたる、実忠和尚(じっちゅうかしょう)が始めた行事で、創建当時から現在まで1200年以上絶えずに続けられてきました。

修二会は人々に変わって罪を償い、天下泰平と五穀豊穣を祈る行事です。お水取りの名は、二月堂下にある若狭井(わかさい)から水がくみ上げられて二月堂の本尊である十一面観音に備えられることに由来します。行事のクライマックスは二月堂の欄干に約6mの巨大たいまつを掲げる「たいまつ」と呼ばれる儀式です。このたいまつの火の粉を浴びると1年間無病息災で過ごせるといわれており、全国から参拝者が訪れます。

寺宝や仏像

東大寺には、大仏以外にもたくさんの歴史的価値の高い仏像や寺宝が所蔵されています。近年まで修理が行われて拝観ができなくなっていた三月堂や法華堂も拝観を再開しました。また、2011年(平成23年)には、所蔵している仏像や寺宝を展示するために東大寺ミュージアムが東大寺文化センター内にオープンしています。大仏殿や二月堂に比べるとあまり知られていませんが、定期的に様々な企画展示が行われるので、仏教美術好きは必見です。

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