吉田松陰寓寄処
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吉田松陰寓寄処(村山邸)
当時のままの姿が残る
幕末好き必見の史跡

吉田松陰寓寄処(村山邸)は、下田にある吉田松陰が身を隠していた屋敷です。下田は日米和親条約によって函館とともに開港された場所。吉田松陰と愛弟子の金子重輔は、ここから米国の艦に便乗して海外へ密航しようと計画を立てました。吉田松陰は密航が失敗するまでの数日間、村山邸の持ち主である村山行馬郎医師に匿われ、屋敷の2階に滞在していたと伝えられています。

01. 当時の姿が
残っている邸宅

室内(吉田松陰寓寄処)

吉田松陰寓寄処の室内

吉田松陰は幕末に活躍した思想家であり、教育者です。松下村塾で明治維新の時に活躍する多くの人材を育てました。吉田松陰寓寄処(村山邸)は、外国に密航しようとした吉田松陰が役人の目を逃れるためにしばらく隠れて滞在していた場所です。現在の村山邸には、松陰の居間として使われていた2階の天井の低い部屋(隠れの間)や、掘り下げられた内湯の浴槽が当時のままの姿で保存されています。ドラマや小説などにもたびたび登場する邸宅ですから、幕末好きには一見の価値ありです。

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