伏見稲荷大社
?評価について

京都 伏見稲荷大社
連なった赤い鳥居が見事な
稲荷大社の総本宮

京都市伏見区にある伏見稲荷大社は、全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本宮です。稲荷山全体が神社の神域になっており、隅々まで見学するとちょっとした山登り気分を味わえます。参道の千本鳥居は日本人のみならず海外から訪れる観光客の間でも人気で、千本もの鳥居が連なった姿は圧巻です。

この記事では、伏見稲荷大社の魅力や見どころ・歴史からアクセス方法・拝観料などをご紹介しましょう。

01. 伏見稲荷大社の
ご利益

稲荷社は全国で最も数が多い神社です。この項では、そんな稲荷社の総本山である伏見稲荷大社のご利益をご紹介しましょう。

  • 商売繁盛
  • 五穀豊穣(農作物が豊作であること)
  • 学業成就
  • 満願成就
  • 安産
  • 病気平癒
  • 縁結

02. 伏見稲荷大社
建立の歴史

参道(伏見稲荷大社)

参道

伏見稲荷大社は、はっきりと分かっているだけでも千年以上の歴史を持ちます。この項では、その歴史をかいつまんでご紹介しましょう。

創建から江戸時代まで

伏見稲荷大社の起源ははっきりと分かっていませんが、深草一帯を領地としていた秦氏(はたし)という渡来系一族が五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願って祖霊を祀ったのが始まりといわれています。711年に稲荷山に祀神である稲荷大神が鎮座したと伝えられているため、奈良時代にはすでに神社があったことは確かです。

平安時代になると、大社は東南方向の福神(ふくがみ)として人々の信仰を集めます。これは、その当時皇位についていた淳和天皇(じゅんなてんのう)が病に倒れたことが始まりです。占いで病の原因を探ったところ、東寺の塔を建てるために稲荷山の木を切ったのが悪かったという結果が出ました。そこで、朝廷は伏見稲荷大社に従五位の神階を下賜し、神様への非礼を詫びます。この逸話が庶民にまで伝わり、霊源あらたかな神社であるという評判が高まったのです。

鎌倉時代になると神仏習合(神と仏が一体になる)という信仰が盛んになり、神宮寺(神社付属の寺院)などができました。狐が大社の御使いとして定まったのもこの時代といわれています。

室町時代、応仁の乱が起こると、その兵火によって社殿などが焼失してしまいました。その後、豊臣秀吉をはじめとする人々からの寄付によって大社は徐々に復興していきます。

江戸時代から現代まで

江戸時代になると、戦乱はなくなり商業が発展していきます。伏見稲荷大社は五穀豊穣の神様でしたが、それが商売繁盛にも通じるということで、全国の商人から信仰されるようになりました。

その結果、盛んに稲荷社の分社が行われるようになります。願いが叶ったお礼に赤い鳥居を大社に奉納する習慣も江戸時代に生まれました。これが千本鳥居の始まりです。

明治時代になると廃仏毀釈が起こり、神宮寺は廃され境内から仏教的なものが一掃されます。これによって社領は4分の1になってしまいましたが、神社が荒廃することはありませんでした。

現在では千本鳥居の美しさが海外にまで知られるようになり、国内外から毎日たくさんの参拝者が訪れます。

03. 伏見稲荷大社
その魅力

伏見稲荷大社は千年以上に渡り、人々の信仰を集め続けています。この項では、そんな大社の魅力をご紹介しましょう。

神秘的な参道

千本鳥居(伏見稲荷大社)

参道の千本鳥居

伏見稲荷の魅力と言えば、なんといっても赤い鳥居が連なる参道です。千本鳥居が有名ですが、それ以外にも稲荷山を巡る参道のほとんどに鳥居が連なっています。

千本鳥居(伏見稲荷大社)

千本鳥居

これらの鳥居は、伏見稲荷大社に参拝した方が願いを叶えてもらったお礼として奉納したものです。つまり、膨大な数の鳥居は大社が霊験あらたかであるという証といえます。

ちなみに、奉納される鳥居のサイズはさまざまです。ミニチュアサイズの鳥居もたくさんあります。

密教の霊場でもあった稲荷山

稲荷山(伏見稲荷大社)

稲荷山から京都市街を望む

伏見稲荷大社は、密教(真言宗)と深いかかわりがあります。真言宗の開祖である弘法大師が稲荷大明神の化身と遭遇したという逸話もあるほどです。そのため、稲荷山には不動明王など仏教の神様も祀られています。

明治時代に発布された神仏分離令によって、このような霊場の多くは失われてしまいました。そのため、大社のように神仏習合の名残が残っている霊場は貴重な存在です。

珍しい物が食べられる境内のお店

稲荷神社の境内には、お土産物屋や奉納用の鳥居を売るお店があります。その中でも珍しいのが、11月から2月までの間販売されるスズメの串焼きです。スズメは米を食べる害鳥でもあるため、それを食べることで五穀豊穣を願ったとされています。大社周辺以外ではめったに食べられないので、話のタネに食べてみるのもいいですね。

04. 広い境内の
一押し見どころ

伏見稲荷大社は、広い境内に色々な建物などがあります。ここでは、その中でも特に必見なものをご紹介しましょう。

豊臣秀吉造営の楼門

楼門(伏見稲荷大社)

楼門

現在の楼門は、豊臣秀吉が1785年に造営したものです。秀吉は大社に母親の病気平癒を祈願し、それが叶ったあかつきには1万石の社領を増やそうという願文(がんもん)を記しました。これは命乞いの願文として、現在まで伝わっています。秀吉が寄進した楼門は立派で、神社の楼門の規模としては最大級です。

稲荷造の本殿

外拝殿(伏見稲荷大社)

本殿の前にある外拝殿

伏見稲荷大社の本殿は、四方に豪華な高欄(こうらん)を巡らせた稲荷造という独特の造りをしています。現在の本殿は1499年に人々の寄付によって再建されたものです。

本殿と内拝殿(伏見稲荷大社)

本殿(左)と内拝殿(右)

本殿全体が安土桃山時代特有の豪華で優美な造りで、参拝者の目を引きます。中でも、屋根と屋根が合わさった場所の真下に造られる懸魚(けぎょ)という装飾や、軒を支える垂木鼻の装飾、蟇股(かえるまた)の装飾は見事です。現在は重要文化財に指定されています。

非公開のお茶屋

お茶屋は、後水尾院(上皇)が禁中非蔵人(きんちゅうひくらうど)として出仕していた大社目代羽倉延次(はせくらのぶつぐ)に下賜したものです。17世紀の建物で、書院造りから数寄屋造りへと建物の造り方が移り変わっていく途中の時期に造られた貴重な遺構となっています。重要文化財に指定されており、現在は非公開です。

海外でも有名な千本鳥居

千本鳥居(伏見稲荷大社)

千本鳥居

朱色の鳥居がずらりと連なった千本鳥居は、伏見稲荷大社を象徴する場所です。写真撮影をする方も多く、休日などは通行が難しいほど混み合うこともあります。鳥居が連なっている場所はここ以外にもありますので、混み合っているときはさっと通過するのもひとつの方法です。平日や朝の早い時間帯は比較的ゆっくり見学できます。

奥の院として知られる奥社奉拝所

奥社奉拝所(伏見稲荷大社)

奥社奉拝所

奥社奉拝所は千本鳥居を抜けた先、命婦谷と呼ばれるところにある建物です。ご神体である稲荷山を遥拝(ようはい)する場所で、いわゆる拝殿にあたります。現在の建物は江戸時代に造られ、1975年(昭和50年)に社殿を後方へ移してその前に参拝所が設けられました。絵馬を奉納するのもこの場所です。

不思議なおもかる石

おもかる石(伏見稲荷大社)

おもかる石

おもかる石は奥社奉拝所の右側後ろにある丸い石です。これは石の両側にある石灯籠の頭部分で、願い事を心の中で唱えながら持上げた時に、自分が思っているよりも石が軽ければ願いが叶い、重ければ叶うのが難しいと伝えられています。

池のほとりに立つ熊鷹社

熊鷹社(伏見稲荷大社)

熊鷹社

熊鷹社(くまたかしゃ)は、新池という池のほとりに立つ神社です。人探しの際、この池に向かって拍手をしてコダマが返ってきた方向を探せば手がかりが見つかるという言い伝えがあります。

池に突き出た石積みにあるのは参拝所です。傍らには熊鷹大神の塚が建っています。

稲荷山の山頂 一ノ峰

一ノ峰(伏見稲荷大社)

一ノ峰

一ノ峰では、稲荷山の山頂にあたり峰全体を末広大神(すえひろだいじん)として崇める風習が残っています。古色蒼然(こしょくそうぜん)とした神殿は明治時代に造られたものです。かつては祠がありましたが、今では上社神蹟(かみしゃしんせき)と呼ばれる跡しか残っていません。

一ノ峰へ登る参道は整備されていますが、それなりに険しい道のりです。参拝したい方は足元を調えて時間に余裕をもって行きましょう。

二ノ峰

ニノ峰(伏見稲荷大社)

ニノ峰

二ノ峰は一ノ峰の手前にある小さな隆起で、こちらは青木大神として崇められています。社殿や中社神蹟(ちゅうしゃしんせき)という祠の跡なども遺されている場所です。

間ノ峰

間ノ峰は、二ノ峰手前にある隆起で、伊勢大神として崇められています。奴祢鳥居(ぬねとりい)という特殊な鳥居が社殿の前に建っており、額束の両側に破風扠首束(はふまたさすつか)をはめた形が特徴です。

三ノ峰

三ノ峰(伏見稲荷大社)

三ノ峰

三ノ峰は間ノ峰の下、最も麓に近い場所にある隆起で、白菊大神として崇められています。明治に社殿を改装した際、変形神獣鏡(へんけいしんじゅうきょう)が出土しました。現在、鏡は京都国立博物館に出陳されています。

御劔社

御劔社(みつるぎしゃ)は一ノ峰を超えた先にあり、古くから神をお祀りしてきた場です。かつては祠がありましたが、今は神蹟(しんせき)だけが残っています。神蹟の隣にあるのが、焼刃の水と呼ばれる井戸です。「伏見稲荷大社の御使いの狐が三条宗近(さんじょうむねちか)の相槌を打ち、小狐丸という太刀を打った」という伝説と関係があるともいわれていますが、詳しいことは分かっていません。

御膳谷奉拝所

御膳谷奉拝所(伏見稲荷大社)

御膳谷奉拝所

稲荷山三ヶ峰の北側背後にあたる場所にある御膳谷奉拝所(ごぜんだにほうはいしょ)は、三ヶ峰に神供(おくもつの意味)を備える場所でした。現在は、毎年1月5日に大山祭山上の儀が行われる場所となっています。

山上の儀は、御饌石(ごせんせき)と呼ばれる神石の上に、中汲酒(なかくみしゅ)を盛った古式の齋土器(さいどき)七十枚が奉納される儀式です。

清瀧

清瀧(きよたき)は、御膳谷奉拝所(ごぜんだにほうはいしょ)の200mほど下に位置しています。豊かな水が木製のといを伝って流れ出しており、稲荷山に複数ある滝の中で水量が一番多い滝です。

荒神峰

荒神峰は熊鷹社の少し上にある場所で、権太夫大神(ごんだゆうだいじん)として崇められています。神蹟(しんせき)の背後からは京都市内が一望できるので、写真撮影もおすすめです。

御幸奉拝所

御幸奉拝所(みゆきほうばいしょ)は、1963年(昭和38年)に開かれた最も新しい奉拝所です。日本画の大家である横山大観画伯の筆塚があり、周りには黒竹が植えられています。古くは御幸辺(みゆきべ)と呼ばれていたことからこの名がつきました。

05. 伏見稲荷大社の
行事

伏見稲荷大社は、1年を通じていろいろな行事が行われています。この項では、特に有名なものをご紹介しましょう。

初午大祭

初午大祭は、2月最初の午の日に行われる大規模なお祭りです。見稲荷の祀神である稲荷大神が、稲荷山に鎮座したのが初午の日であったことにちなんで行なわれます。

商売繁盛と家内安全のご利益がある杉の枝が授与され、多くの方が参拝に訪れるお祭りです。当日は境内だけでなく参道もかなり混み合います。公共交通機関を使い、早めに訪れるのがおすすめです。

本宮祭

本宮祭は、毎年7月の土用入りから数えて最初の日曜日か祝日に行われます。稲荷神社の分霊を祀る崇敬者が総本宮に参拝する大変大きなお祭りです。

前日には宵宮祭が開催され、稲荷山と境内すべての灯籠と献納提灯に火を灯す万灯神事という行事が行われます。膨大な数の灯籠が灯され、稲荷山全体が淡く光って見えるほどです。

06. 伏見稲荷大社
まとめ

いかがでしたか? 今回は伏見稲荷大社の見どころや魅力をご紹介しました。稲荷山は決して標高の高い山ではありませんが、一巡りするとなると2時間はかかります。境内を隅々まで拝観したいという場合は、時間に余裕をもって山歩きに適した格好で訪れるといいですね。参道にも様々なお店があり、狐せんべいや狐のお面など様々な大社に関係するお土産を売っています。あちこちの店に立ち寄ってみるのも楽しいですよ。

07. 伏見稲荷大社
アクセス情報

住所:京都府京都市伏見区深草薮之内町68番地
電話番号:075-641-7331
拝観料:境内自由
駐車場:あり
交通案内:京阪電車伏見稲荷駅より徒歩5分
公式サイトhttp://inari.jp/

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