西芳寺
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京都 西芳寺(苔寺)
庭園の苔がとても美しい
世界遺産登録の寺院

西芳寺(苔寺)は京都市西京区にある臨済宗の寺院で、天龍寺の境外塔頭です。国の特別名勝にも指定されており、苔に覆われた庭園がとても美しいことから苔寺という別名があります。京都の中でも有名な寺院の一つであり、拝観するには往復はがきによる事前の申し込みが必要です。時期によっては拝観予約を取るのも難しいお寺ですが、手間をかけてでも訪れる価値は十分にあります。

この記事では、西芳寺(苔寺)の魅力や見どころ、拝観の申し込み方をご紹介しましょう。

01. 奈良時代から続く
西芳寺の歴史

境内(西芳寺)

境内

西芳寺(苔寺)は、大和時代に聖徳太子の別荘地であったと伝えられています。奈良時代初期の頃、日本で初めて大僧正の位を天皇から賜った行基という僧侶が、別荘を寺院に改めました。その後、皇族が修行をしたり空海・法然・親鸞といった歴史に名を残している高僧が寺院に滞在し、伽藍を建立します。しかし、時代が下るにつれて寺院は勢いを失い、鎌倉時代頃になると荒れ果ててしまいました。

室町時代になると、西芳寺の近くにある松尾大社の宮司藤原親秀(ふじわらのちかひで)が、禅僧の夢想疎石(むそうそせき)を招いて寺院を復興します。その後、西芳寺には光厳天皇(こうげんてんのう)が行幸したり、室町幕府の三代将軍である足利義満が何度を足を運んだりしました。ちなみに、足利義満が建立した金閣寺は西芳寺を模して造られたといわれています。

室町時代末期、応仁の乱が起こると細川勝元が西芳寺に陣を敷きました。そのため、兵火によって伽藍が焼失します。また、1485年には洪水による被害にもあいました。その後、本願寺の中興の祖である蓮如や織田信長らによって再興されています。

江戸時代になってからも西芳寺はたびたび洪水の被害にあいますが、その度に再建されました。苔に覆われた見事な庭ができたのは江戸時代末期の頃です。

明治時代になると廃仏毀釈の影響で一時期荒廃しましたが、人々の尽力によって再興され、現在に至っています。1994年(平成6年)にはユネスコの世界遺産に登録されました。

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