三千院
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京都 三千院
二つの苔庭が見事な
天台宗三門跡

京都大原にある三千院は、天台宗を代表する門跡寺院で、最澄によって開基されました。歌謡曲、『女ひとり』の歌詞に名前が出てくるので、名前だけは知っているという方も多いと思います。東洋の宝石と呼ばれる二つの苔庭をはじめ、見どころが豊富な場所です。

この記事では、三千院の見どころや魅力の見どころをご紹介します。

01. 移転をくり返した
三千院の歴史

参道(三千院)

三千院の参道

三千院は、8世紀に天台宗の開祖である最澄が建てた小堂が始まりです。建立当時の名前を円融房(えんにゅうぼう)称しました。その後、滋賀県の坂本(大津市)に移されて円融院(えんにゅういん)と呼ばれるようになります。

平安時代後期になると、白河天皇の中宮である藤原賢子(ふじわらけんし)の菩提を弔うために梶井里に移り、円徳院(えんとくいん)と名が変わりました。平安末期に堀川天皇の第二皇子、最雲法親王(さいうんほうしんおう)が住職を務めるようになったため、梶井門跡(かじいもんせき)とよばれるようになります。門跡とは公家や皇族が住職を務める寺院のことです。これにより、三千院は青蓮院・妙法院と共に天台宗三門跡と称されるようになりました。

1232年、寺院は火災にあい、それをきっかけに坂本から京都市内に移りその後も市内を転々とします。現在の場所に移築されたのは1871年(明治4年)のことで、三千院の名前もこの時に付けられました。この名は、梶井門跡にあった仏堂の名称である一念三千院に由来します。

現在は苔庭と紅葉が見事な寺院として広く知られ、多くの参拝者が訪れている寺院です。

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